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戊辰戦争・函館戦争コース

朝敵となり、明治を生きた人々


鳥羽伏見から函館戦争までの戊辰戦争を、官軍と旧幕府軍の双方から戦った人々を訪ねるコース。会津・桑名・旧幕府陸海軍・新選組・海援隊出身者 8 名が、明治国家でどう再起したかを辿る。

戊辰戦争 所要 85 分 8 名

散歩経路マップ

マーカー番号は 人物紹介の順番(時系列・物語順)です。経路ラインは 効率よく歩ける順番で結んでいます。番号順と歩く順が異なるルートでは、線を辿る方が散策しやすくなります。

地図データ: © OpenStreetMap contributors

このコースの楽しみ方

戊辰戦争で「朝敵」となった藩出身、あるいは旧幕府軍として戦った 8 名を巡る散策。彼らがどの戦線で敗れ、どう明治国家で再起した(あるいは再起を拒んだ)かを、戦闘の時系列に沿って辿る。

約 80 分の散策で、「敵だった人材」を取り込んで近代化を進めた明治日本の縮図を体感できる。

注目してほしいのは、同じ「敗者の側」に立ちながら、8 人それぞれが異なる道で再起した(あるいは再起を拒んだ)対比。物理学と高等教育(山川)・陸軍と用兵(立見)・工学教育と外交(大鳥)・警察(篠原)・在野隠遁(木村)・北海道開拓行政(沢)・外交(林)・造船工業(白峰)— 戊辰での敗北は終点ではなく、彼らの中で次の生き方の起点になっていた。

会津・桑名・旧幕府陸海軍・新選組・海援隊と出身は様々だが、青山霊園は彼らを同じ土に並べる。敗者の系譜が明治を作った、というもう一つの近代日本史をこのコースで足で辿れる。

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8 名の墓所を時系列順(籠城戦 → 北越 → 函館戦争 → 戦後)に巡る徒歩経路を Google Maps の徒歩モードで開けます。

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経路順:

  1. 山川 健次郎(1種ロ18号5側、南端) ←白虎隊・会津籠城(1868)
  2. 立見 尚文(立山墓地 1種イ1号3側) ←桑名藩雷神隊・北越戦線(1868)→日露戦争「東洋一の用兵家」
  3. 大鳥 圭介(1種イ4号28側) ←旧幕府陸軍歩兵奉行・蝦夷共和国陸軍奉行(1868-69)→工部大学校長・駐清公使・学習院長
  4. 篠原 泰之進(1種イ4号付近) ←新選組副長助勤→御陵衛士・油小路事件(1867)生存→警視庁
  5. 木村 喜毅(1種イ4号付近) ←咸臨丸艦長・幕府海軍象徴(1860 渡米)→戊辰時は穏健派・明治期は出仕固辞
  6. 沢 太郎左衛門(1種イ1号25側) ←幕府海軍・函館戦争(1869)
  7. 林 董(2種イ10号、北東) ←五稜郭籠城(1869)→駐英公使・日英同盟(1902)
  8. 白峰 駿馬(1種ロ5号8側、北端) ←海援隊・米国造船留学

総距離 約 2.0 km、墓所間 25-35 分(参拝込み 80-90 分)。

巡る人物(8 名)

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    山川 健次郎の肖像

    山川 健次郎 やまかわ けんじろう

    1854 - 1931 明治・昭和 学者 1種ロ18号5側

    会津藩士の三男、14 歳で白虎隊士中二番隊として鶴ヶ城籠城戦に従軍。維新後はイェール大学で日本人初の物理学博士、東京帝大総長を歴代最長 11 年 11 か月務めた

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    立見 尚文の肖像

    立見 尚文 たつみ なおふみ

    1845 - 1907 江戸・明治 軍人 1種イ1号3側(立山墓地)

    桑名藩士、戊辰戦争・北越戦線で雷神隊を率いて朝日山争奪戦で時山直八を討ち取り勇名を馳せた。維新後は陸軍に出仕、日露戦争では黒溝台会戦で第八師団を率いて死守、児玉源太郎に「東洋一の用兵家」と讃えられた陸軍大将

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    大鳥 圭介の肖像

    大鳥 圭介 おおとり けいすけ

    1833 - 1911 江戸・明治 政治家 1種イ4号28側

    旧幕府陸軍歩兵奉行 → 蝦夷共和国陸軍奉行。鳥羽伏見後に伝習隊と新選組(土方歳三)を率いて宇都宮・会津・仙台・函館と転戦、明治 2 年に榎本武揚らと五稜郭で降伏。獄中 3 年を経て工部大学校長・駐清公使・学習院長を歴任した「敗者からの再起」の象徴

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    篠原 泰之進の肖像

    篠原 泰之進 しのはら たいのしん

    1828 - 1911 江戸・明治 その他 2種イ12号3側

    新選組副長助勤から伊東甲子太郎とともに分離して御陵衛士となり、慶応 3 年(1867)末の油小路事件を生き延びた数少ない新選組脱退者。戊辰戦争では薩摩方として旧同志と戦い、維新後は警視庁に出仕した

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    木村 喜毅の肖像

    木村 喜毅 きむら よしたけ

    1830 - 1901 江戸・明治 軍人 1種イ20号4側

    幕府軍艦奉行・摂津守。咸臨丸艦長として勝海舟・福澤諭吉らと万延元年(1860)に渡米、日米修好通商条約批准の海路を率いた幕府海軍の象徴的人物。戊辰時は穏健派として駿河に移り、明治政府の出仕要請を生涯断り続けた

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    沢 太郎左衛門の肖像

    沢 太郎左衛門 さわ たろうざえもん

    1834 - 1898 江戸・明治 軍人 1種イ1号25側

    幕府海軍士官、開陽丸副艦長。榎本武揚と函館へ渡り、釈放後は開拓使技師として再起

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    林 董の肖像

    林 董 はやし ただす

    1850 - 1913 明治 政治家 2種イ10号

    佐倉藩医・佐藤泰然の五男、19 歳で五稜郭(函館)籠城に従軍、明治 2 年に榎本武揚らとともに降伏。維新後は外交官に転身し、駐英公使として日英同盟(1902)を成立させた「敵だった人材」の典型

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    肖像 未公開

    白峰 駿馬 しらみね しゅんめ

    1847 - 1909 江戸・明治 実業家 1種ロ5号8側

    越後長岡藩出身、勝海舟門下→海援隊・太極丸船将。米国留学後、白峯造船所を経営