青山霊園に眠る
偉人たち
港区南青山。
近代日本を駆け抜けた政治家、軍人、文豪、学者たちが
静かに眠る都心の杜を、人物とともに歩く。
136人の物語
時代:
職業:
全 136 名
肖像 未公開 いけだ はやと
1899 - 1965 昭和
第58-60代内閣総理大臣。所得倍増計画を掲げて高度経済成長期の日本を牽引した戦後の大宰相。
いぬかい つよし
1855 - 1932 大正・昭和
第29代内閣総理大臣。立憲政友会総裁。五・一五事件で首相官邸にて凶弾に倒れた憲政の闘士。
いのうえ じゅんのすけ
1869 - 1932 大正・昭和
浜口・若槻内閣の蔵相として金解禁を断行した日本銀行総裁経験者。血盟団事件で暗殺された大分日田出身の財政家。
うえき えもり
1857 - 1892 明治
自由民権運動を代表する土佐出身の思想家・政治家。私擬憲法「東洋大日本国国憲按」を起草、急進的な人民主権を唱えた。
おおき たかとう
1832 - 1899 江戸・明治
佐賀の七賢人の一人。司法卿・文部卿として近代法典の整備と教育制度の骨格を築いた肥前佐賀の政治家、伯爵。
おおくぼ としみち
1830 - 1878 江戸・明治
明治維新三傑の一人。初代内務卿として近代日本の基礎を築いた薩摩出身の政治家。
おおだち しげお
1892 - 1955 大正・昭和
内務官僚から政治家へ。初代東京都長官として戦時下の都政を担い、上野動物園の猛獣処分を命じた人物としても知られる。
おおとり けいすけ
1833 - 1911 江戸・明治
旧幕府軍歩兵奉行として戊辰戦争を戦った後、明治政府に出仕し、工部省・外交官・学習院長を歴任した播磨出身の知識人。
おがた たけとら
1888 - 1956 大正・昭和
朝日新聞主筆・副社長、戦後は吉田茂内閣の副総理。玄洋社系で頭山満に師事、自由党総裁として保守合同に関与した昭和の政治家。自民党結成の2か月後、初代正式総裁選を控えて急逝し、首相候補と目された。
かいえだ のぶよし
1832 - 1906 江戸・明治
薩摩藩士。安政の大獄期に活動、桜田門外の変(1860)に薩摩側から関与、戊辰戦争で参謀、明治政府で元老院議官・貴族院議員・男爵。
かがわ けいぞう
1839 - 1915 江戸・明治
水戸藩出身の維新志士から宮内省官僚に転じ、皇后宮大夫として昭憲皇太后に40年仕えた明治宮中政治の重鎮。
かとう たかあき
1860 - 1926 明治・大正
第24代内閣総理大臣。憲政会総裁として護憲三派内閣を組織し、普通選挙法を成立させた外交官出身の政党政治家。
かとう ともさぶろう
1861 - 1923 明治・大正
第21代内閣総理大臣・海軍大将。ワシントン海軍軍縮条約を主導し、現職首相のまま在任中に死去した広島出身の軍人政治家。
くるす さぶろう
1886 - 1954 明治・昭和
日米開戦直前のワシントンで野村吉三郎と最後の交渉に臨んだ特派大使。日独伊三国同盟に署名した外交官でもある。
くろだ きよたか
1840 - 1900 江戸・明治
第2代内閣総理大臣。戊辰戦争で五稜郭を攻略、北海道開拓使長官として開拓事業を主導した薩摩出身の政治家。
こいそ くにあき
1880 - 1950 明治・昭和
第41代内閣総理大臣・陸軍大将。「朝鮮の虎」と呼ばれた朝鮮総督。本土決戦準備内閣を率いて終戦直前に総辞職、A 級戦犯として巣鴨で病没。
ごとう しょうじろう
1838 - 1897 江戸・明治
大政奉還建白の主役。坂本龍馬と組んで土佐藩主・山内容堂を動かし、自由民権運動の旗手として大同団結を主導した土佐の風雲児。
ごとう しんぺい
1857 - 1929 明治・大正
医師出身の政治家。台湾統治・満鉄初代総裁・関東大震災後の帝都復興を主導し「大風呂敷」と呼ばれた。
こむら じゅたろう
1855 - 1911 明治
日露戦争を終結させたポーツマス条約全権大使。日英同盟と関税自主権回復を主導した日向飫肥出身の外交官。
さいしょ あつし
1827 - 1910 江戸・明治
薩摩出身。堺県知事として廃仏毀釈期に正倉院・東大寺・興福寺など奈良の文化財救済を主導した「奈良の恩人」、伯爵。
さいとう たかお
1870 - 1949 大正・昭和
立憲民政党の代議士。1936 年「粛軍演説」、1940 年「反軍演説」で軍部を批判し、衆議院議員を除名された自由主義政治家。
さの つねたみ
1823 - 1902 江戸・明治
博愛社(後の日本赤十字社)を創設した佐賀出身の政治家。元老院議長・大蔵卿などを歴任し、日本の人道事業の礎を築いた。
そえじま たねおみ
1828 - 1905 江戸・明治
佐賀の七賢人の一人。明治政府の外務卿としてマリア・ルス号事件で奴隷的契約を解放し、東洋随一と評された書の大家。
とうごう しげのり
1882 - 1950 大正・昭和
太平洋戦争の開戦時(東条内閣)と終戦時(鈴木貫太郎内閣)の二度外相を務め、ポツダム宣言受諾の中心となった鹿児島出身の外交官。朝鮮陶工の子孫、A 級戦犯。
肖像 未公開 はしもと りゅうたろう
1937 - 2006 昭和
第82・83代内閣総理大臣。橋本行革と消費税 5% 引き上げ、普天間返還合意を実現した平成自民党の領袖。
はまぐち おさち
1870 - 1931 大正・昭和
第27代内閣総理大臣。「ライオン宰相」と呼ばれた立憲民政党総裁。東京駅で狙撃され翌年死去した。
はやし ごんすけ
1860 - 1939 明治・大正
日露戦争前後の対韓外交を実務面で支えた駐韓公使。会津戦争で家族離散の悲劇を経験した会津藩士の長男。
はやし ただす
1850 - 1913 明治
日英同盟締結の主役。駐英公使として 1902 年に同盟を成立させた外務官僚。佐倉藩医・佐藤泰然の五男、伯爵。
まきの のぶあき
1861 - 1949 大正・昭和
大久保利通の次男。文部・農商務・外務大臣を歴任、パリ講和会議全権・内大臣として昭和天皇の側近を務めた。
まつおか ようすけ
1880 - 1946 昭和
国際連盟脱退時の首席全権、第二次近衛内閣の外相として日独伊三国同盟・日ソ中立条約を主導した山口出身の外交官。
まつかた まさよし
1835 - 1924 明治
第4代・第6代内閣総理大臣。日本銀行を創設し松方デフレで近代財政の基礎を築いた薩摩出身の財政家。
まつだいら つねお
1877 - 1949 大正・昭和
駐英・駐米大使、宮内大臣、初代参議院議長。会津藩主松平容保の四男、娘・節子は秩父宮雍仁親王妃となった皇室外戚。
みしま みちつね
1835 - 1888 江戸・明治
内務官僚・山形・福島・栃木県令を歴任、福島事件・加波山事件で自由民権運動を弾圧した「鬼県令」。薩摩出身、子爵。
肖像 未公開 みやざわ きいち
1919 - 2007 昭和
第78代内閣総理大臣。バブル崩壊後の日本経済を率いた宏池会の領袖、戦後屈指の知性派宰相。
もり ありのり
1847 - 1889 江戸・明治
初代文部大臣として近代教育制度の骨格を築いた薩摩出身の政治家・外交官。大日本帝国憲法発布の日に凶刃に倒れた。
もり つとむ
1883 - 1932 明治・昭和
政友会の謀将。三井物産の中国通商人から政界入りし、田中義一内閣の外務政務次官として山東出兵・東方会議を主導した昭和初期の対中政策のキーマン。
やまもと ごんべえ
1852 - 1933 明治・大正
第16・22代内閣総理大臣。日本海軍の制度を一手に作り上げた薩摩出身の海軍大将。
やまもと たつお
1856 - 1947 明治・昭和
日本銀行第 5 代総裁。金本位制定着期の中央銀行運営者として知られ、政友会・民政党の大蔵・内務・農林大臣を歴任した男爵。
よしい ともざね
1828 - 1891 江戸・明治
薩摩出身の維新元勲。下加治屋町郷中で西郷・大久保と幼馴染、明治天皇の側近・宮内省顧問・日本鉄道社長を歴任した伯爵。
わたなべ のぼる
1838 - 1913 江戸・明治
神道無念流の達人で「練兵館四天王」の一人。肥前大村藩出身、薩長同盟締結の橋渡しを担い、明治政府で警視総監・元老院議官を歴任、子爵。
あきやま よしふる
1859 - 1930 明治・大正
日本騎兵の父と称される陸軍大将。日露戦争で世界最強のコサック騎兵を破った松山出身の軍人、弟は秋山真之。
ありま りょうきつ
1861 - 1944 明治・昭和
旅順港閉塞作戦を立案・指揮した海軍大将。退役後は明治神宮宮司として 12 年務め、国民精神総動員中央連盟会長も歴任した。
肖像 未公開 ありむら じざえもん
1839 - 1860 江戸
桜田門外の変で井伊直弼の首を取った薩摩藩士。22歳で果て、討幕運動の引き金を引いた幕末志士。
あるべーる・しゃるる・でゅ・ぶすけ
1837 - 1882 江戸・明治
幕府フランス軍事顧問団から明治政府お雇い外国人へ。100以上の法律・軍事資料を翻訳し、明治初期の制度設計を支えたフランス人軍人。
いじち まさはる
1828 - 1886 江戸・明治
戊辰戦争で薩摩藩軍参謀として鳥羽伏見・会津戦を主導した名軍師。維新後は左大臣・宮内省事務総長を歴任した薩摩出身の参議、伯爵。
いじゅういん ごろう
1852 - 1921 明治・大正
日本海海戦の影の立役者。連合艦隊の砲弾威力を倍増させた「伊集院信管」を開発した薩摩出身の元帥海軍大将。
うえはら ゆうさく
1856 - 1933 明治・大正
陸軍元帥・子爵。2個師団増設問題で陸相を単独辞職し第2次西園寺内閣を倒した「大正政変」の発端人物。日向都城出身、大山巌の娘婿。
うしじま みつる
1887 - 1945 大正・昭和
沖縄戦で第32軍司令官として戦い、摩文仁の司令部壕で自決した陸軍大将。鹿児島出身、陸軍士官学校長を歴任した武人。
おく やすかた
1847 - 1930 明治・大正
日露戦争で第二軍を率いた陸軍元帥。皇族と薩長以外で初めて元帥府に列した寡黙な名将で、生涯自らの戦功を語らなかった。
かわかみ そうろく
1848 - 1899 江戸・明治
陸軍大将・参謀総長。日清戦争の作戦計画を統括した「陸軍の頭脳」、桂太郎・児玉源太郎と並ぶ薩摩出身の俊英将官。
かわじ としよし
1834 - 1879 江戸・明治
日本警察の父と称される初代大警視。フランス警察制度を範に近代警察を一から作り上げ、西南戦争では警察隊を率いて薩摩の盟友・西郷軍と戦った薩摩出身の警察官僚。
きむら へいたろう
1888 - 1948 大正・昭和
太平洋戦争末期のビルマ方面軍司令官。陸軍次官・関東軍参謀長を歴任、東京裁判で A 級戦犯として死刑判決を受けた陸軍大将。
きむら よしたけ
1830 - 1901 江戸・明治
幕府軍艦奉行・摂津守。咸臨丸の正使艦長として勝海舟・福澤諭吉らと万延元年(1860)に渡米、日米修好通商条約批准の海路を率いた旗本。
さわ たろうざえもん
1834 - 1898 江戸・明治
幕府海軍士官。オランダ留学組として開陽丸を回航、榎本武揚とともに蝦夷地に渡って函館戦争を戦った。維新後は開拓使技師。
しまむら はやお
1858 - 1923 明治・大正
日露戦争で連合艦隊参謀長として東郷平八郎を支えた元帥海軍大将。土佐出身者として初の元帥に追賜され、軍人離れした無欲の人格で知られた。
しらかわ よしのり
1869 - 1932 明治・昭和
上海事変の上海派遣軍司令官。1932年4月29日の天長節爆弾事件で108か所の傷を負いながら停戦の指揮を執り、約一か月後に殉職した陸軍大将。
たかしま とものすけ
1844 - 1916 江戸・明治
薩摩藩士から陸軍中将・大臣へ。戊辰戦争・西南戦争・日清戦争を戦い、陸軍大臣・拓殖務大臣を歴任、拓殖大学の創設者として知られる長州派以外の陸軍の重鎮。
たからべ たけし
1867 - 1949 明治・昭和
ロンドン海軍軍縮会議に全権として臨み「売国奴」と糾弾された海軍大将。山本権兵衛の女婿として海軍中枢を歩んだ。
たつみ なおふみ
1845 - 1907 江戸・明治
桑名藩士から陸軍大将へ。戊辰戦争・北越戦線で雷神隊を率いて勇名を馳せ、日露戦争では「東洋一の用兵家」と讃えられた将軍。
ながた てつざん
1884 - 1935 明治・昭和
「永田の前に永田なく、永田の後に永田なし」と評された統制派の中心。陸軍省軍務局長室で相沢三郎中佐に斬殺された。
にし たけいち
1902 - 1945 大正・昭和
ロサンゼルス五輪馬術障害飛越競技金メダリスト「バロン西」。男爵・陸軍中佐として戦車連隊を率い、硫黄島で散った国民的英雄。
のぎ まれすけ
1849 - 1912 江戸・明治
日露戦争で旅順を陥落させた陸軍大将。明治天皇の大喪の日に妻静子とともに自刃した。
のづ みちつら
1841 - 1908 江戸・明治
陸軍元帥・侯爵。日清戦争で第5師団長として平壌を陥落させ、日露戦争では第4軍司令官として沙河・奉天会戦を戦った薩摩出身の名将。
はせがわ よしみち
1850 - 1924 明治・大正
元帥陸軍大将。日清・日露戦争で活躍し、第二代朝鮮総督を務めるも三・一独立運動の責任で更迭された。
ひろせ たけお
1868 - 1904 明治
日露戦争・旅順港閉塞作戦で部下を捜索中に戦死した海軍中佐。「軍神」と讃えられた竹田出身の海軍士官。
ふくしま やすまさ
1852 - 1919 明治・大正
ベルリンからウラジオストクまで馬一頭で 488 日間・約 14000 km を単騎横断した陸軍情報将校。日清・日露の情報戦を統括した参謀本部第二部長。
みうら ごろう
1847 - 1926 明治・大正
長州奇兵隊出身の陸軍中将・子爵。学習院長、第3次伊藤内閣文相を歴任。駐韓公使在任中の閔妃暗殺事件で歴史に深い汚点を残した。
やしろ ろくろう
1860 - 1930 明治・大正
海軍大将・海軍大臣。日露戦争では浅間艦長として仁川沖海戦・日本海海戦に参加、シーメンス事件後の大隈重信内閣で海相に就任し海軍人事を一新した尾張犬山出身の海軍軍人。
やまぐち たもん
1892 - 1942 大正・昭和
海軍中将。米国通の航空戦専門家としてミッドウェー海戦で第二航空戦隊を指揮、旗艦・飛龍と運命を共にした名将。
やました げんたろう
1863 - 1931 明治・大正
連合艦隊司令長官・軍令部長を歴任した海軍大将。米沢藩出身、海軍兵学校 5 期、日露戦争では第一艦隊参謀として日本海海戦に参加した。
肖像 未公開 やまなし かつのしん
1877 - 1967 明治・昭和
ロンドン海軍軍縮会議妥結のために「暗殺される覚悟」で動いた条約派海軍大将。戦中は学習院長として明仁皇太子の教育を担った。
いけがい しょうたろう
1869 - 1934 明治・昭和
国産初の旋盤と国産初のディーゼルエンジンを製造した池貝鉄工所の創業者。日本機械工業の祖の一人として東京工業大学教授も務めた。
肖像 未公開 いぬまる てつぞう
1887 - 1981 大正・昭和
帝国ホテル中興の祖。ライト館の運営から戦中・戦後の難局を乗り越え、半世紀にわたって日本を代表する国際ホテルを支えた支配人・社長。
おき きばたろう
1848 - 1906 江戸・明治
国産電話機を初めて製造した「沖電気」の祖。広島の農家から銀細工を経て、東京・銀座に明工舎を創業し日本の通信機器産業を立ち上げた。
さとう ぎりょう
1878 - 1951 明治・大正
新潮社創業者。雑誌『新潮』を 1904 年に創刊し、自然主義文学から世界文学全集まで近代日本の出版文化を半世紀にわたって牽引した秋田・角館出身の出版人。
肖像 未公開 しらみね しゅんめ
1847 - 1909 江戸・明治
越後長岡藩士、海援隊・太極丸船将。維新後にアメリカで造船術を学び、白峯造船所を経営した日本近代造船業の先駆者。
たなか ひさしげ
1799 - 1881 江戸・明治
「からくり儀右衛門」と呼ばれた江戸末期の発明家。万年時計を完成させ、後に東芝の源流となる田中製造所を創業した。
まつかた こうじろう
1866 - 1950 明治・昭和
川崎造船所社長として大正期の海運業を牽引。欧州で約一万点の西洋美術を収集し、国立西洋美術館の母体「松方コレクション」を遺した。
みきもと こうきち
1858 - 1954 明治・大正
世界で初めて真珠の養殖に成功した実業家。「真珠王」と呼ばれ、ミキモト真珠を世界ブランドに育てた志摩鳥羽の出身。
もりなが たいちろう
1865 - 1937 明治・大正
森永製菓創業者。米国で習得した西洋菓子製造技術を日本に持ち込み、ミルクキャラメルとマシュマロを国民食に押し上げた佐賀伊万里出身の菓子王。
やなせ ちょうたろう
1879 - 1956 明治・昭和
ヤナセ(梁瀬自動車)の創業者。関東大震災後に GM 車 2,000 台を一括発注した決断で会社を救い、日本の輸入車市場の祖となった。
よしはら しげとし
1845 - 1887 江戸・明治
日本銀行初代総裁。米国留学を経て大蔵省・大蔵卿松方正義の右腕として日本銀行創設を主導した薩摩出身の財政家。
うえの えいざぶろう
1872 - 1925 明治・大正
東京帝国大学農学部教授、日本の農業土木の父。死後10年も渋谷駅で待ち続けた愛犬ハチ公の物語で世界に知られる農学者。
が のりゆき
1840 - 1923 明治・大正
長崎の唐通事から日本初期の英学者へ。木戸孝允・伊藤博文・井上馨らに英語を教え、明六社同人として明治啓蒙運動を担った教育者・元老院議官。
きたさと しばさぶろう
1853 - 1931 明治・大正
破傷風菌の純粋培養と血清療法を確立した細菌学者。「日本の細菌学の父」と称される。
こざい よしなお
1864 - 1934 明治・昭和
足尾鉱毒事件で被害農民の依頼により銅を鉱毒原因と科学的に特定した農芸化学者。東京帝大第10代総長として関東大震災後の大学復興を主導。
ごっとふりーと・わぐねる
1831 - 1892 明治
明治政府お雇い外国人のドイツ人化学者。有田焼・京焼・ガラス・七宝の近代化を導き「日本陶磁業の恩人」と呼ばれた。
肖像 未公開 すぎた げんたん
1818 - 1889 江戸・明治
蘭学医・蕃書調所教授・慶應義塾医学所教授。杉田玄白の蘭学伝統を継ぎ、幕末から明治の医学教育の橋渡しを担った。別名「杉田玄瑞」。
そえだ じゅいち
1864 - 1929 明治・大正
ケンブリッジ大学に学んだ最初期の日本人留学生、大蔵省主税局長・台湾銀行頭取・日本勧業銀行総裁を歴任した財政学者。
たかき かねひろ
1849 - 1920 明治・大正
海軍軍医総監。脚気の食物原因説を実証し、海軍から脚気をほぼ根絶。東京慈恵会医科大学の前身・成医会講習所を創設した近代日本医学の先駆者。
たかみね じょうきち
1854 - 1922 明治・大正
タカジアスターゼを発明し、世界で初めてアドレナリンの結晶単離に成功した応用化学者。近代日本の製薬産業の祖。
つだ せん
1837 - 1908 江戸・明治
西洋農法を日本に持ち帰り通信販売を初めて実施した農学者。津田梅子の父、青山学院創設に関わったキリスト者として新島襄・中村正直と並ぶ三大伝道者。
ながおか はんたろう
1865 - 1950 明治・昭和
土星型原子モデルを提唱し、ラザフォードの原子核モデルに先駆けた物理学者。第1回文化勲章受章者で、85歳の死の当日まで地球物理学の本を読んでいた。
肖像 未公開 ながよ しゅんたつ
1790 - 1854 江戸
大村藩の侍医。シーボルトに学び『解体新書』に触発されて蘭方医学を導入、孫の長与専斎に種痘を施した蘭学医の先駆者。
ながよ せんさい
1838 - 1902 江戸・明治
「衛生」の語を作った明治日本の医療制度の父。初代内務省衛生局長として「医制」を制定し、近代日本の公衆衛生の骨格を築いた肥前大村出身の蘭方医。
ながよ またろう
1878 - 1941 明治・昭和
「癌研究の世界的権威」と称された病理学者。東京帝国大学第12代総長(1934-1938)、日本癌学会創立者(1941)。父は長与専斎、弟は白樺派作家の長与善郎。
にし あまね
1829 - 1897 江戸・明治
「哲学」「科学」「芸術」「主観」「客観」など多数の学術用語を作り出した明治の啓蒙思想家。明六社の中心メンバー。
ふれでりっく・いーすとれいく
1856 - 1905 明治
23 か国語を操った米国人英語教育者・お雇い外国人。慶應義塾で英文学を教え、国民英学会を創設、明治英語教育の先駆者となった「博言博士」。
ほんだ せいろく
1866 - 1952 明治・昭和
日本初の林学博士。日比谷公園・明治神宮の森を設計し、「月給4分の1天引き貯金」で巨額の資産を築き全額寄付した実践派学者。
やまかわ けんじろう
1854 - 1931 明治・昭和
会津白虎隊の生き残りからイェール大学を経て日本人初の物理学博士に登った教育者。東大総長を 11 年 11 か月務め、歴代最長記録を残した。
いちかわ だんじゅうろう
1838 - 1903 江戸・明治
「劇聖」と称された明治歌舞伎中興の祖。江戸歌舞伎の市川宗家を継ぎ、五代目尾上菊五郎・初代市川左團次と「團菊左時代」を築いた立役の頂点。
肖像 未公開 えとう じゅん
1932 - 1999 昭和
『夏目漱石』『成熟と喪失』で戦後文芸評論を代表した保守思想家。妻の死後、自身の病苦と絶望を遺書に残し、66 歳で自ら命を絶った。
おおわだ たけき
1857 - 1910 明治
「汽笛一声新橋を」で始まる『鉄道唱歌』を作詞し、明治の国民に旅情と汽車の風景を歌い継がせた詩人・国文学者。
おかだ さぶろうすけ
1869 - 1939 明治・昭和
「日本の洋画に最も美しい女性像を描いた画家」として知られる明治・大正・昭和の洋画家。第一回文化勲章受章。藤島武二と本郷洋画研究所を共同設立。
おかもと きどう
1872 - 1939 明治・昭和
新歌舞伎の創始者にして「半七捕物帳」で日本初の本格捕物帳を作った劇作家。元御家人の家に生まれ、新聞記者を 24 年務めた経歴を持つ。
おざき こうよう
1868 - 1903 明治
硯友社を結成し『金色夜叉』を遺した明治の小説家。雅俗折衷の文体で擬古典主義文学を代表した。
かたやま とうくま
1854 - 1917 明治・大正
ネオ・バロックの粋を尽くした赤坂離宮(現・迎賓館)を設計した宮内省内匠寮の建築家。コンドル門下の第1期生。
肖像 未公開 かつ こきち
1802 - 1850 江戸
江戸幕末の無役の旗本にして、自伝『夢酔独言』の作者。勝海舟の父。賭博・喧嘩・流浪に費やした半生を率直に綴った江戸庶民文化の最良の証言者。
かわぐち えかい
1866 - 1945 明治・大正
日本人として初めてチベットに入境した黄檗宗の僧侶・探検家。『西蔵旅行記』で近代日本のチベット学・密教研究の礎を築いた。
くにきだ どっぽ
1871 - 1908 明治
自然主義文学の先駆として『武蔵野』『牛肉と馬鈴薯』を遺した明治の小説家。新聞記者出身、結核により36歳で早世。
さいしょ あつこ
1825 - 1900 江戸・明治
「明治の紫式部」と称された女流歌人。明治天皇皇后の女官「楓内侍」として宮中で文学指導を担い、明治六歌仙の一人に数えられた。
さいとう もきち
1882 - 1953 大正・昭和
アララギ派を代表する歌人・精神科医。歌集『赤光』で近代短歌に革新をもたらし、第二芸術論への反論でも知られる。
しが なおや
1883 - 1971 大正・昭和
「小説の神様」と称された白樺派の中心作家。簡潔で写実的な文体を確立し、長編『暗夜行路』を遺した。
なかえ ちょうみん
1847 - 1901 明治
「東洋のルソー」と称された自由民権運動の思想家。ルソー『社会契約論』を漢訳『民約訳解』として刊行した。
肖像 未公開 なかむら うたえもん(ろくだいめ)
1917 - 2001 大正・昭和
戦後歌舞伎を代表する女形の最高峰。生涯を真女形として過ごし、人間国宝・文化勲章を受章。父・五代目歌右衛門の死後は初代中村吉右衛門の吉右衛門劇団で薫陶を受け、戦後歌舞伎の伝統を昭和末まで担い続けた。
なかむら きちえもん
1886 - 1954 大正・昭和
戦前最高峰の歌舞伎立役。六代目尾上菊五郎とともに「菊吉時代」を築き、時代物の名優として一時代を画した東京の歌舞伎役者。
肖像 未公開 ながよ よしろう
1888 - 1961 明治・昭和
白樺派の作家。長与専斎を父に、長与又郎(東大総長)を兄に持つ家系で、戯曲『項羽と劉邦』や小説『青銅の基督』を残した。
肖像 未公開 はにや ゆたか
1909 - 1997 昭和
戦後文学の巨匠。長編『死霊』で形而上学的小説の到達点を示し、戦後思想に深い影響を残した。本名は般若豊(はんにゃ ゆたか)、植民地下台湾の生まれ。
ふじしま たけじ
1867 - 1943 明治・昭和
明治末から昭和期にかけて日本洋画壇を率いた指導的画家。ロマン主義的作風で『天平の面影』『黒扇』『蝶』を残し、第一回文化勲章受章者の一人。
ふらんしす・ぶりんくりー
1841 - 1912 明治
アイルランド出身の英国砲兵将校から日本の英字紙 Japan Weekly Mail 主筆となり、河鍋暁斎に師事して浮世絵を蒐集した「弁慶」の異名を持つ親日家。
肖像 未公開 ほし しんいち
1926 - 1997 昭和
ショートショートの神様と呼ばれた SF 作家。1001 編を超える掌編で日本 SF の地平を切り拓いた星製薬創業者・星一の長男。
肖像 未公開 ほそい わきぞう
1897 - 1925 大正
紡績工場の労働実態を内側から記録した『女工哀史』の著者。刊行わずか 1 ヶ月後に 28 歳で急逝した若き労働者作家。
みやけ せつれい
1860 - 1945 明治・昭和
明治期を代表する哲学者・評論家。政教社を結成し雑誌『日本人』を創刊、国粋主義を掲げて欧化主義に対峙した論壇の長老。
みやもと ゆりこ
1899 - 1951 大正・昭和
17 歳で『貧しき人々の群』を発表しデビュー。投獄を繰り返しながら創作を続けた戦前最大の女性プロレタリア作家。代表作『伸子』『道標』。
肖像 未公開 みやわき しゅんぞう
1926 - 2003 昭和
鉄道紀行作家。元中央公論社編集者。『時刻表2万キロ』で鉄道紀行を文学のジャンルに昇格させた戦後の名随筆家。
やまじ あいざん
1864 - 1917 明治・大正
明治後半を代表する史論家・評論家。徳富蘇峰の民友社に拠り、北村透谷との「人生相渉論争」で近代文学史に名を刻んだ。
うざわ ふさあき
1872 - 1955 明治・昭和
極東国際軍事裁判(東京裁判)で日本側弁護団長を務めた弁護士。明治大学総長(複数期)を歴任し、戦前は幸徳事件・帝人事件など重大政治事件を多数担当した。
えどあるど・きよっそーね
1833 - 1898 明治
イタリア人版画家・お雇い外国人。大蔵省紙幣局に 16 年勤務して日本初の近代紙幣・切手を製作。西郷隆盛・明治天皇の御真影など多くの肖像画も遺した。
きん ぎょくきん
1851 - 1894 明治
朝鮮王朝末期の開化派指導者。日本に学んで甲申政変(1884)を主導するも失敗、日本に亡命。10 年後上海で暗殺。頭山満・福澤諭吉らが支援した朝鮮近代化の象徴的人物。
ぐいど・ふるべっき
1830 - 1898 江戸・明治
オランダ生まれ・アメリカ宣教師のお雇い外国人。長崎・東京で大隈重信・副島種臣ら数百人の志士に英語と西洋学を教えた「明治日本の隠れた恩師」。
さいごう いとこ
1843 - 1922 明治・大正
西郷隆盛の三度目の妻。城山に散った隆盛を遠く鹿児島で見送り、明治・大正を一族の支え手として生き抜いた薩摩の女性。本サイト初の女性偉人。
肖像 未公開 さがら そうぞう
1839 - 1868 江戸
戊辰戦争で赤報隊隊長として「年貢半減」を宣伝しながら東山道を進軍、新政府の方針転換で「偽官軍」とされ処刑された悲劇の志士。享年 30。
しのはら たいのしん
1828 - 1911 江戸・明治
新選組副長助勤・御陵衛士。伊東甲子太郎の同志として新選組を脱退、油小路事件を生き延びた数少ない新選組脱退者。明治政府で警視庁に勤務、回想録『秦林親日記』を残した。
じょせふ・ひこ
1837 - 1897 江戸・明治
米国市民権を得た最初の日本人。漂流民から商人へと変じ、日本初の日本語新聞「海外新聞」を発行した「日本新聞の父」。
とうやま みつる
1855 - 1944 明治・大正
玄洋社総帥。政府要職に就かず在野から明治・大正・昭和の国政に影響を持ち続け、孫文・金玉均らアジア革命家を匿った国家主義の象徴的人物。
肖像 未公開 ひらい かお
1838 - 1909 江戸・明治
土佐藩・平井家の娘。坂本龍馬の幼馴染で初恋の人とも伝えられる。山内豊範の妹・友姫の御付役として上洛、維新後は西山志澄に嫁いだ。