このコースの楽しみ方
大政奉還(1867)後の明治新政府で、内政・司法・外交・財政・教育・警察・衛生・農業・開拓・宮中といった各分野の制度を一から作り上げた 12 名を、各自の「定義的な就任・創設の年」順に時系列で訪ねるコース。
- 1869 / 北海道開拓使設置 — 黒田清隆(開拓次官→1882 年まで長官、10 年間で札幌・小樽の都市建設・屯田兵制度・農業鉱業の近代化、後に第 2 代総理大臣)
- 1872 / マリア・ルス号事件・外務卿 — 副島種臣(清国人苦力の奴隷的契約を解放、東洋随一と評された書家、佐賀の七賢人)
- 1873 / 内務省創設・初代内務卿 — 大久保利通(殖産興業・地租改正・廃藩置県を統括した近代日本最大の政治家、本コースの中核)
- 1873 / 司法卿(後に文部卿) — 大木喬任(近代法典の整備に着手、後に文部卿として教育制度の骨格を築いた佐賀の七賢人)
- 1873-75 / 衛生行政 — 長与専斎(文部省医務局長を経て初代内務省衛生局長、「衛生」の語を作り医制を制定、近代日本の公衆衛生の骨格を築いた肥前大村出身の蘭方医)
- 1874 / 警察制度創設・初代大警視 — 川路利良(フランス警察制度を範に日本警察を一から作り上げた「警察制度の父」、薩摩出身)
- 1875 / 学農社農学校 — 津田仙(幕府外国奉行通弁役→ウィーン万博を経て西洋農法を導入、青山学院創設に関与、娘・梅子を最初期の女子留学生として米国へ送る)
- 1876 / 内務実務「鬼県令」 — 三島通庸(山形→福島→栃木の県令を歴任、萬世大路など大規模道路網を建設して東北の近代化インフラを整備、薩摩出身)
- 1879 / 宮中の制度整備 — 吉井友実(薩摩出身・西郷大久保と幼馴染、明治天皇側近・宮内省顧問として宮中を整え、後に日本鉄道社長として東北本線敷設を主導)
- 1881 / 大蔵卿・松方財政 — 松方正義(松方デフレを断行、日本銀行を創設して近代財政の基礎を築いた薩摩出身、後に第 4・6 代総理大臣)
- 1882 / 日本銀行創設・初代日銀総裁 — 吉原重俊(松方正義の右腕、米国イェール大学留学組、薩摩出身の財政家)
- 1885 / 内閣制度・初代文部大臣 — 森有礼(伊藤内閣で初代文部大臣、学制改革と師範教育制度を整備、近代教育の骨格を築いた薩摩出身の政治家・外交官)
約 105 分の散策で、現在の日本の各省庁(内務省 → 総務省・厚労省・国交省、司法省 → 法務省、大蔵省 → 財務省、文部省 → 文科省、外務省、宮内庁など)、日本銀行、警察制度、公衆衛生、北海道開拓 — それらの起点を一気に巡れる。
時系列で並べると、明治政府が 1869 年の開拓使から始まり、1872-74 年に外務・内務・司法・衛生・警察と中枢の省庁機能を一気に立ち上げ、1875-76 年に農業・地方行政、1879-82 年に宮中・財政・中央銀行、最後の 1885 年に内閣制度と文部省を整備して「近代国家の骨組み」をほぼ完成させた、という 16 年間の段階的構築が浮かび上がる。
注目してほしいのは、このコースに薩摩・佐賀・大村出身者が偏ること。長州出身者(伊藤博文・山県有朋・井上馨など)は青山霊園以外に眠っているため、結果として明治新政府の「もう一つの主役」だった薩摩・肥前(佐賀・大村)が前面に出る構成になっている。各人物の業績は単独でも十分に大きいが、本コースを通すと「開拓の黒田 → 外交の副島 → 内政の大久保 → 司法の大木 → 衛生の長与 → 警察の川路 → 農業の津田 → 内務実務の三島 → 宮中の吉井 → 財政の松方と吉原 → 教育の森」という分業の構図が浮かび上がる。明治国家は薩長閥の独占ではなく、複数の領域専門家による分業体制で築かれたことが見えてくる。
歩く順番は本文の時系列を目安に、各人物の区画番号(個別ページに記載)で実際の動線を組むのがおすすめ。
Google Maps で散歩経路を開く
12 名の墓所を分野別に巡る徒歩経路を Google Maps の徒歩モードで開けます。
総距離 約 1.2 km、墓所間 15-20 分(参拝込み 100-110 分)。